桃太郎のおばあさんは、きびだんごを桃太郎に投資したら、鬼退治した桃太郎が宝の山を持って帰ってきた。きびだんごが数十億になって返ってくるという、ものすごいベンチャーキャピタリストだ。
桃太郎は、もらったきびだんごを自分で食べるのではなく、それを資本にして、さる=知恵、キジ=情報、イヌ=忠誠心を雇う。知恵、情報、忠誠心によって宝の山を持って帰るという寓話であり、桃太郎は経営学の話である。
しかも桃太郎は「鬼退治なんか無理だ」という村の大反対の中、少数意見と手を組んで村を出たはず。鬼退治はベンチャービジネスだった。
筆者があらゆるドラクエ関連のレビューを読んだ中で、一番スリルがあり鬼気迫る読後感と感動を覚えたのが『CURE キュア』などの作品で知られている黒沢清の著書『映画はおそろしい』
に掲載されていたドラクエⅡに関するエッセイである。以下そのページを引用しよう。
「FFⅢをめぐる対談記事の中の、高橋源一郎氏の発言を読んで、ハタと膝を打ってしまった。氏は”やはりドラクエⅡが最高である。ドラクエⅡには殺意が感じられた”と語っている。
そうなのだ。ドラクエⅡ。あれは確かに凶暴なゲームだった。プレイヤーが手塩に掛けて育てたキャラを、容赦なく皆殺しにしてしまおうとするドス黒い意志が全編を支配していた。ダンジョンの奥底でやっと見つけた宝箱を前にして、突如出現したキラータイガー四頭立てによる先制攻撃。それは悲惨としか言いようのない状況だ。バタバタと死んでゆく仲間たちは、棺桶と化して教会へ送り返される。この屈辱から立ち直るのは並たいていのことではない。
いったいいつの頃からだろうか。RPGがキャラを育てるゲームであるという認識が一般的になっていったのは。確かに、主人公がだんだん強くなってゆくのを見るのは楽しい。所持金がうんとたまれば、思わず顔がほころんでしまう。しかし、お金や魔法値を精一杯節約し、取れる宝は全部取って、最短コースでゴールに向かうだけがRPGではないはずだ。終了した時、100万Gたまっていたからといって、いったいなにが楽しいのか。巨大なドラゴンのボスを一刀の元に斬り捨てたからといって、何が偉いのか。RPGが効率よくコトを進めればよいだけのゲームに成り下がってはならない。
ドラクエⅡに戻るべきである。たかがマンドリルくんだりにボロ負けして、命からがら城へ逃げ帰ったことを思い出そう。あれは、はっきり生きるか死ぬかのゲームだった。キャラを育てようなどと考える余裕はなく、僕たちはただ何とかして生き残ることだけを考えていた。ふと気付くと、確かにキャラは成長しているのだが、そんな満足など吹っ飛んでしまうほどの凶悪な罠がすぐ先に仕掛けてある。でも、僕たちは負けなかった。
最初、城の周りを逃げ腰でうろつくだけだった自分が、いつの間にか強靭な意志と勇気を持って死に挑みはじめる。ドラクエⅡは、そんな自分自身のけなげさに涙するゲームである。
はっきり言おう。RPGとは、断じてキャラを成長させるゲームではなく、プレイヤー自身が成長してゆくゲームなのだ。」(P.186-187)
ここで言われているドラクエⅡとはもちろんFC版のことである。後にリメイクされたSFC版とGB版は難易度が大幅に下がってしまった。つまり、本物のドラクエⅡを体験するならばFC版でなければならないのである。
FC版ドラクエⅡの存在は、一種のホラーである。筆者も子供のころ体験したロンダルキアの洞窟の地獄は、はっきりと「悪夢」として記憶に刻印されている。やっとの思いで命からがらロンダルキアの洞窟を抜け出したら、そこは一面雪景色だった。ああ、なんて綺麗なんだと感嘆し、数歩踏み出すとさらに凶暴なモンスターがウジャウジャと現われてきたのである。
FC版ドラクエⅡは『バイオハザード』や『サイレントヒル』シリーズより「おそろしい」ゲームであった。
abkv 03 /// hitomebore (by abend kollektiv)
サターンの蓋に強力瞬間接着剤を塗り、二度とソフトを交換できないようにした本作専用機「 デスサターン 」を製作するプレイヤーも現れた。
福岡県の『不思議博物館』には、巨大な怪物のオブジェに上記「デスサターン」をセットした立体作品『巨大クリムゾン』が所蔵されている。ゲームもプレイできる。
イヤフォンやヘッドフォンでノイズを聴く人が多いようだ。
単に音で音を防ぐだけなら普通の音楽でもよいのだが、
意味のある音楽は集中の邪魔になるので、通常は無意味な雑音が好まれる。
そういうときに便利なのが、
ノイズサイト
“simplynoise.com”
だ。
しかし、純粋なホワイトノイズを聴くのはあまりにサイボーグ的だし、
揺らぎや色をつけたノイズもピンとこないなあ、
と思っていたら、上記サイトのダウンロードページにいいものを見つけた。
遠くの嵐と雨の音、一時間分。しかも無料。
今日一日、(オフィスは静かだったが)試してみて、なかなか良かった。
雷が異常に嫌いという人は別だろうが、
雨音や遠くの雷鳴には何故か心安らぐ。
原始の頃の人類にも嵐は危険だったはずだが、
おそらく嵐の間は外敵も襲ってこなくて、
しばらく静かな安全が得られたのかも知れない。
The Return of Dr. Hara: 雷鳴は静かな調べ
聴いてるけど良いね。
(via deltam)
(via yuria)
(via wideangle) (via highcampus) (via taisukeorg)
(via iymsts)loopdrivelog: 20130519 - Body Inform @ sabaco setlist
Num. : Author / Title
01 : Dubb Parade / Gorge from Gumma
02 : Max Duley / Backlash Boy
03 : fumiya tanaka / Phase
04 : Pilo / Ubstraktion (Jazz Yo Self Mix)
05 : Akufen / Severed Finger Samba
06 : Barker & Baumecker / Silo (Kobosil Remix)
07 : dagshenma / deburon6
08 : Go-qualia / koku
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